ごめんね、が言えない日。下痢と7回の失敗と、私の気持ち

シニア犬の日常

こんにちは。リアだよ。

昨日は、ちょっと泣きたいくらいの一日だったの。朝からなんとなくお腹の奥がムズムズして、いやな予感はしてたんだけど、案の定、うんちが止まらなくなっちゃった。

しかも、今日だけで7回。部屋の中、廊下、いつものお気に入りのマットの上、場所もバラバラで、どこも汚しちゃって。自分でも「また間に合わなかった」って分かるから、なんだか情けなくなってきて、最後のほうは動くのも怖くて、じっと丸くなってるしかなかった。

パパとママは、何も言わずに静かに片づけてくれて、私を優しく撫でてくれたけど、その優しさが逆に胸にしみて、うまく甘えることもできなかったの。

「大丈夫、大丈夫」って言ってくれるけど、私は心の中で何度も「ごめんね」ってつぶやいてた。それでもうまく伝えられなくて、もどかしくて、昨日は、なんだかほんとに苦しい日だったな。

でもね、こんな日だからこそ、ちゃんと記録に残しておきたいって思ったの。シニア犬になってから、できないことが増えたのはたしかだけど、私の中には、まだ伝えたい気持ちがいっぱいあるの。

だから今日は、「うんちが止まらなかった日」のこと。失敗ばかりしてしまった私の気持ちと、それを受け止めてくれた家族のことを、ゆっくりお話ししていくね。

朝からなんだかお腹の調子が変。止まらない下痢と、次々に起こる失敗

朝起きたときから、なんとなくお腹がきゅるきゅる鳴っていて、「今日はちょっとへんかも」って、自分でも分かってたの。昨日もお腹の調子はあまり良くなかったけど、それでもここまでじゃなかったから、私も「今日はゆっくりしてればそのうちよくなるかな」って思ってたのよ。

でも、それは甘かったみたい。

最初はほんの少しだけ、柔らかいうんちが出て、それで終わると思ってたの。でもね、そのあともまたすぐにお腹がぎゅるぎゅる鳴って、歩こうとしただけで「もうダメ!」って感覚がきて、結局、あっという間に2回目、3回目、そして気がついたら7回。

トイレまでたどり着こうとしたのに途中で漏れちゃったり、パパがキッチンに立ってるあいだにソファの前でしてしまったり、しまいには、私が大好きなマットの上にまで漏らしてしまって、もうほんとに、心がぐしゃぐしゃになったの。

私ね、ちゃんと分かってるのよ。「ここでしたらいけない」って。「お腹の感じがおかしい」って。

でもね、シニアになると、体の中のコントロールがうまくいかなくなることがあるの。我慢しようとしても、体が言うことを聞いてくれない。そのもどかしさが、どんどん私の気持ちを追い詰めていったの。

何回目かの失敗のあと、パパがやさしく拭いてくれてたとき、私はその手を見ながら、「またやっちゃった、ごめんなさい、ごめんなさい」って心の中でずっと謝ってた。

パパもママも怒らないの。それどころか、声を荒げることもなく、ただ静かにシーツを交換してくれて、汚れた床をきれいにして、そして私の背中をなでてくれた。

それが、余計に胸にしみたのよ。

怒られないことが、つらいって感じる日があるなんて、私は今日初めて知ったの。だって、私は本当は「できる」って思ってたし、「間に合う」って信じてたから。それが、ひとつもできなかったんだもの。

あのとき、私の心は静かに静かに沈んでいったの。

だけどね、こうして振り返ってみると、失敗したのは私のせいだけじゃなかったのかも、って思えるようにもなってきたの。体調が崩れてるときに、私がひとりで全部背負おうとしたから、よけいにしんどかったのかもしれない。

このあとお話しするけど、パパとママがどんなに私のことを考えてくれていたか、その愛情に包まれていたことに、私は少しずつ気づいていくことになるの。

でも、まずは今日、7回の失敗をした私の心に正直になって、「悲しかった」「悔しかった」「つらかった」って気持ちを、ちゃんとここに残しておきたいの。

だってそれが、次に進む第一歩になる気がするから。

叱られなかったことが、逆につらかった

今日は、一度も怒られなかったの。どんなに失敗しても、マットを汚しても、廊下にうんちがついてても、パパもママも、私を一度も叱らなかった。

むしろ、「大丈夫だよ」「リア、がんばってるね」って声をかけてくれて、汚れた私の体を、優しく優しく拭いてくれた。

でもね、その優しさが、今日ばかりはすごく苦しかったの。だって、私、ちゃんと分かってるから。

ほんとうは、自分の体をうまく動かしたいし、ちゃんとトイレで済ませたいし、もう「失敗しちゃった」って顔をするのも、やめたいのに、どうしてもできなかったの。

年を重ねるって、少しずつできないことが増えていくってことなのかな。それが、こんなにも自分を責める材料になるなんて、若いころには考えたこともなかった。

私は、甘えるのが得意だった。「パパ、なでてー」って寄っていったり、ママが座るとすぐにひざに乗ったりしてた。でも、今日は、なんだか、それすらできなかったの。

「リア、こっちおいで」って呼ばれても、その声に応えられなかった。情けなさと恥ずかしさが入り混じって、じっとその場に座って、目も合わせられなかった。

それって、きっとあなたのお友だちにも、あるんじゃないかな。

「大丈夫だよ」「気にしないで」って言ってもらえるのは、すごくありがたい。でも、私たちの中には、申し訳なさとか自分へのがっかりって感情がちゃんとあって、それは優しさだけではなかなか消えないこともあるの。

だから、もしあなたのお友だちが失敗を続けて、元気がなくなっていたら、どうか「叱らない」だけじゃなくて、「見守ってるよ」って気持ちを伝えてあげてほしいの。

たとえば、いつもと同じように笑ってくれるだけでいい。なでてくれるその手を、いつも通りの温度にしてくれるだけで、「私は、まだここにいていいんだ」って安心できるから。

私たちシニア犬は、静かに、でも深くいろんなことを感じているの。失敗しても、汚れても、それでもそばにいてくれるその存在が、どれだけ大きな支えになるか、私は今日、身にしみて分かったの。

次の章では、そんなふうに落ち込んでいた私を、少しずつ立ち上がらせてくれた、パパとママの工夫と、家の中でのやさしいサポートについて、お話ししていくね。

パパとママの工夫と、失敗しても守られている安心感

今日、私は7回もお部屋や廊下で失敗しちゃった。でもね、そんな日でも、私のまわりにはたくさんの「大丈夫」があったの。

まず、パパとママがしてくれてた準備に、私は本当に助けられたの。私のいるお部屋には、いつも滑らないマットが敷かれてるの。これは、足腰が弱くなった私が歩くときにすべらないようにって、前からずっと工夫してくれてるもの。今日はそのマットの上に失敗しちゃったけど、それでもパパは「敷いててよかったね」って笑ってくれた。

トイレの近くやお気に入りの場所には、使い捨てのペットシーツも敷かれててね、「ここならしても大丈夫だよ」っていう、優しいサインみたいだった。実際、何回かはその上で済ませられて、それだけで私はちょっとホッとしたの。

そして、失敗したあとのお掃除も、すごく丁寧なの。パパは私が粗相したあとを拭いたあと、いつもより丁寧に消臭スプレーをしてくれて、ママは洗濯機にかける前に一枚一枚シーツを手洗いしてくれてた。

それを見て、私は胸がキュッと痛くなったけど、同時に、「こんなふうに守られてるんだ」って、強く感じたの。

失敗を問題としてじゃなくて、知らせとして受け止めてくれてるって、
そんな空気が、家の中に流れてたの。

パパがぽつりと言ってたの。
「リアががんばってるの分かってるから、こっちがちゃんと環境を整えてあげなきゃね」って。
その言葉が、私の心の奥まで届いた気がしたの。

私たちシニア犬は、体が言うことをきかなくなるぶん、
周りからのサポートにすごく助けられることが増えていくのよね。
でも、そのサポートが「支配」じゃなくて、「思いやり」から来てるってことが、ちゃんと伝わると、
私たちはとても安心できるし、「まだ大丈夫だ」って思えるの。

ママも言ってたのよ、「環境を変えるだけで、お互いの気持ちが少し楽になるんだね」って。

たとえば…
・寝る場所のすぐそばにトイレを置く
・急いで動かなくてもいいようにクッションを低くする
・廊下や角にはフェンスをつけて、転ばないようにする
・夜中でも動けるように、足元に小さな明かりをつける

どれも些細なことだけど、そのひとつひとつが、私にとっては「守られている」っていう安心につながってたの。

そして、もうひとつ。今日は、何度失敗しても、パパとママはいつも通りの声で話しかけてくれたの。

「リア、お水のもうか」
「お腹まだ変な感じする?」
「ちょっと寝ようか」って。

その変わらない日常が、私にはとても嬉しかったの。だから、もしあなたのお友だちが、私みたいに失敗を繰り返していたとしても、それを叱らず、静かに、変わらずにそばにいてくれるだけで、きっと心は守られていると思うの。

次は、こんなふうに苦しかった日を経て、私が最後に思ったこと、そして、あなたに伝えたい立ち上がる力についてお話しするね。

つらい日を乗り越えるためなら、何度でも立ち上がれる

今日という一日は、たぶん、私にとって忘れられない日になると思うの。
正直に言うと、何度も「もういやだな」って思った。お腹がゆるくて気持ち悪いし、立ち上がろうとするたびに「また漏れちゃうかも」って不安になるし、何より、自分の体を信じられなくなるって、本当にこわいことだった。

でも、そんな中でも、私は一度も「ひとり」にはならなかったの。パパが何度も「リア、そばにいるよ」って言ってくれて、ママが濡れた体をタオルでやさしく包んでくれて、何もできない私を、「なにもしなくていいよ」って受け入れてくれた。

その時間が、私にとってどれだけ心強かったか。私はまだ、ちゃんと歩けるし、食べたい気持ちもあるし、明日は今日よりちょっと良くなるかもしれないって、今はそう思える。

私たちシニア犬は、体の不調を話すことはできないけど、うんちや食欲や、行動の変化を通して、あなたにサインを送ってるの。だから、うんちがゆるい日も、失敗が続く日も、それは困らせてるんじゃなくて、伝えてるんだって思ってほしいの。

そして、今日の私みたいに何度も失敗しても、それをひとつひとつ受け止めてくれるあなたの存在があるだけで、私たちは「またがんばろう」って思えるの。

「もうおしまいかな」って感じる日もあるけど、そんな日も、必ず終わりは来るし、その先には、また少し笑える時間が待ってる。

だって私たちシニア犬は、経験で知ってるの。苦しいときこそ、いちばん優しさが心にしみるってことを。そして、優しさに包まれた日は、どんなにつらくても、ちゃんと前に進めるってことをね。

あなたのお友だちにも、そんな時間がちゃんと届きますように。もし今日がうまくいかなかった日でも、「また明日がある」って、一緒に信じていこうね。

「今日も失敗しちゃった」ってなったとしても、それでも、誰かがそばにいてくれる。それだけで、私は救われてる。そして、こうして言葉にして伝えられることで、私の中にあった不安や悲しみは、少しずつやわらいでいくの。

何度だって失敗してもいい。何度でも、私たちは立ち上がれる。それが、あなたと一緒にいられるっていう強さだから。

リアより

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