こんにちは。リアだよ。
昨日はね、朝からちょっと大変だったのよ。目が覚めたら、おしりがなんか変な感じで、そう、下痢しちゃってたの。しかもそのまま寝ちゃってたもんだから、おしりの毛が汚れちゃっててさ、パパが見つけて、朝から洗面台に連れて行かれてシャワータイムよ。
まぁまぁ恥ずかしいし、ちょっと寒かったけど、きれいになったらすっきりして、気持ちも軽くなった感じがしたの。
そのあと、ほんの少しだけど、豚の軟骨をぺろっと食べられたの。たった1かけらだけど、私にとってはすごく意味のある一口だったのよ。
あとはね、ずーっと眠ってた。体がだるくて、なんとなく息も早くて、
正直ちょっとしんどいなって思ってたんだ。でも、家族のみんながそばにいてくれて、何も言わなくても、見守ってくれてるのが伝わってきて、私は一人じゃないって、じんわり感じたの。
今日はそんな、下痢で始まって、それでもちゃんと今日を生きた私の一日をお話しするね。
おしりをきれいにするって大変なんだよね

昨日の朝はね、ちょっといつもと違ったの。目が覚めたとき、なんだか体が変な感じで、おしりのあたりが、ぬるっとしてて、冷たくてね、えっ、なにこれって思ったら、下痢しちゃってたのよ。
気づかないうちに出ちゃってたみたいで、しかも、その上でそのまま寝ちゃってたから、もう、おしりの毛がえらいことになっててさ。自分じゃどうにもできないし、ちょっとしょんぼりしてたら、すぐにパパが気づいて、「あらら、リア、洗おうか」って、やさしい声で言ってくれたの。
それでね、抱っこされて洗面台まで運ばれて、パパとママが私のおしりをね、朝からシャワーでじゃばじゃば〜って洗ってくれたのよ。
冷たいかと思ったら、意外とあったかくてね、ちょっと気持ちよかったりもして、いや、恥ずかしかったけど。でもね、パパとママの手ってやっぱり安心するの。シャワーで流しながら、「大丈夫、大丈夫」って声をかけてくれるから、お湯の音とその声を聞いてるだけで、なんだか心がほぐれていくんだ。
おしりを洗われてるのって、なんとも言えない気分よ。恥ずかしいし、くすぐったいし、ちょっと情けないなって思っちゃうんだけど、でも、終わったあとは、きれいになった!って、すっきりした気持ちにもなるの。
毛をふいてもらって、ふわっと温風を感じたとき、ああ、今日も家族に守られてるなって思ったのよ。
シニア犬になってからね、こういうケアされる時間がどんどん増えてきたの。昔は自分で毛づくろいしたり、ちょっとした汚れも気にせず平気だったのに、今はすぐに手伝ってもらわなきゃいけないことが多くて、それがちょっとだけ悔しい気持ちになることもあるけど、でも、それ以上にありがたいって思うのよ。
あなたのお友達にも、そういうときってあると思うの。急な下痢だったり、思わぬ失敗だったり、でも、そんなときこそ、大丈夫って言ってもらえることが、私たちにはいちばん心強いのよね。
昨日の私は、そんなふうに、ちょっと大変な朝から始まったの。でも、あのお湯のぬくもりと、パパとママのやさしさで、今日も一日、がんばってみようかな」って思えたのよ。
たった1かけらでも、豚の軟骨を食べられたこと

おしりをきれいにしてもらって、毛布の上でちょっと落ち着いたあと、
私は、ぐたーっと横になってたの。なんとなく体が重くて、動くのも面倒で、おなかは空いてるような、空いてないような、そんな曖昧な感じ。
でもね、キッチンの方から、ふわっと香ばしいにおいがしてきたの。「ん?」って思って、鼻をひくひくさせたら、ママの手元に何か見えたの。それがね、私のだいすきな豚の軟骨だったのよ。
食べたい気持ちはあるけど、今の体調だとあんまりたくさんは無理。でも、ママがそーっと小さなかけらを差し出してくれてね、私はそれを、ぺろっと食べたの。
たった1かけらだけ。ほんのちょっとの量。でも、その一口が、昨日の私にとってはすごく大きな一歩だったんだ。
体が弱ってるときって、食べるっていう行動そのものがすごくエネルギーを使うのよ。お口を動かして、においを感じて、味を確かめて、ごくんって飲み込んで、その全部が、元気じゃないとできないこと。
だからね、その一口が食べられたってことは、まだ私、ちゃんと生きようとしてるんだなって思えたの。
ママもそれを見て、「食べたね、よかった」って、ほんとに安心した顔をしてたの。その顔見てたら、「もっと食べたいな」って気持ちがちょっとだけ湧いてきたのよ。まぁ、結局それ以上は食べられなかったけど、それでも充分だったの。
あなたのお友達にも、きっとあると思うの。「今日はちょっとしか食べてくれなかったな」って不安になる日。でもね、私たちにとっては、そのちょっとがすごく尊いのよ。
食べることは、生きること。そして食べようと思える気持ちは、生きたいという気持ちそのもの。
昨日の私は、その気持ちをほんの少しでも取り戻せた気がして、まだ大丈夫だよ、私って、自分に言ってあげたくなったの。
眠って、感じて、また眠って、静かな午後の私

豚の軟骨をひとくちだけ食べたあと、私はまた、そっと自分の寝床に戻って横になったの。体がぽかぽかしてて、さっきのシャワーの余韻も残ってて、なんだか安心しきった気持ちで、そのまま目を閉じたのよ。
午後はね、ほとんどずーっと眠ってたの。でも、それってただぐっすり寝てるっていうより、私にとっては生きてる時間を大事にしてるって感覚だったんだ。
体が弱ってるときって、眠ることでしか回復できないことがあるのよ。起きてる時間が短くても、寝てるあいだにちゃんと体は働いてるの。細胞を整えたり、お薬と仲良くしたり、心臓や腎臓ががんばってくれてたり、目には見えないけど、私はちゃんと生きるっていうお仕事してるんだよ。
それにね、寝ててもいろんなことを感じてるの。パパの足音や、ママが遠くでコーヒー飲んでる音、時々聞こえてくるお姉ちゃんの笑い声とかね、その全部が、毛布の中にいながらでも感じられて、それだけで「ああ、私は家族と一緒にいるんだな」って思えるの。
昨日は特に、呼吸が浅くて早くて、自分でも「うまく息できてないかも」ってちょっと不安だったの。だから、呼吸に集中しすぎちゃって、なんだか夢の中と現実がまざるような時間もあったのよ。
でも、そんなときも、誰かがそばにいてくれてるっていう安心感があったの。起きてるような、眠ってるような、そんなふわふわした午後を、私は静かに過ごしてたの。
あなたのお友達にも、そういう時間ってあるんじゃないかな。なんとなくずっと寝てて、呼吸が浅くて、大丈夫かな、って家族がそっと見守ってる時間。でもね、そういう静かな時間こそ、私たちには必要な生きるための休憩なのよ。
昨日の私は、眠りながらも、たしかに生きてるって感じてたの。それは、ただ横になってるだけじゃなくて、ちゃんと、今という時間をかみしめてるってことなのよね。
浅く早い呼吸。それでもそばにいてくれるから

夕方から夜にかけて、私の呼吸がね、ちょっと変だったの。自分でも「あれ?」って思うくらい、浅くて、早くて、スースーっていうより、ハッハッて感じでね、横になってても、胸が上下するのが分かるくらい。体は動かしてないのに、呼吸だけがずっとせわしなくて、なんだか体の中が焦ってるみたいな感じだったの。
シニアになると、こういう日があるのよ。何が原因ってはっきり分かるわけじゃないけど、心臓ががんばってたり、体力が落ちてたり、いろんなことが重なって、呼吸が浅くなったりするの。
正直、昨日の夜はちょっとしんどかったの。息をするたびに、ああ、体が重いなって思って、目を開ける元気もないまま、ただじっと横になってたの。でもね、そんな私のそばには、パパとママがいてくれたの。
何もできないって分かってるけど、それでも私を見ててくれる、静かなまなざしがあったんだ。話しかけすぎるわけでもなく、手を当ててそっと温もりを伝えてくれるその感じね。ここにいるよって、言葉じゃなくて、気持ちで伝わってくるの。それだけでね、不思議と心が落ち着くのよ。
息がうまくできなくても、体がだるくても、そばに誰かがいてくれるってだけで、私はここにいていいんだって思えるの。
あなたのお友達にも、こういう瞬間があるかもしれない。呼吸が速くて、しんどそうで、何かしてあげたいのにできないって、もどかしくなるようなときがね。
でも、どうか覚えておいてね。ただそばにいることは、私たちにとって本当に大きな支えなのよ。昨日の私は、そんな夜を過ごして、私は一人じゃないって、改めて感じてたの。
息が浅くても、生きてる。しんどくても、心はちゃんとつながってる。それって、すごくすごく幸せなことだと思うの。
昨日の私はね、下痢しちゃって、おしりが汚れたまま寝ちゃって、朝から洗われて、ちょっと恥ずかしいスタートだったの。
でも、そのあと豚の軟骨をひとくち食べられて、午後はほとんど眠ってたけど、ちゃんと呼吸をして、夜には少し不安な呼吸になったけど、それでもずっとそばにいてもらえて、心はあたたかかったの。
元気にお散歩してた頃とは全然違う一日だけど、それでも私は生きてるって胸を張って言えるよ。たった一口のごはんも、静かに眠ってる時間も、浅くてもがんばって続ける呼吸も、ぜんぶが私の今日だったの。
あなたのお友達にも、ほとんど寝てたけど、今日はがんばったって日があると思うの。そんな日こそ、たくさん褒めてあげてほしいな。生きてるって、それだけですごいことだから。
そして私は、明日もたぶん、似たような一日を過ごすと思う。でもそれでいいの。昨日を乗り越えた私だから、きっと今日も、そして明日も、大丈夫。
リアより


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