こんにちは。リアだよ。
昨日の私はね、なんかこう、静かで、でもじわーっと動いてた一日だったの。
朝、ちょっと早く目が覚めたと思ったら、すぐに出るかもってお腹が教えてくれて、よいしょって起きて、お通じがあったんだ。
それだけで、「あ、今日も生きてるんだな」って思ったのよ。
でもね、そこからはぐーっすり。午前中はもう、ほんとにぜんぶのエネルギー使い果たしたみたいに眠っちゃってて、体がずしんと重くて、起き上がる気にもなれなかったの。
でも夕方、ふと目を覚ましたら、なんだかご飯の匂いがしてきてね。
「あれ? 食べたいかも」って思えて、ちょっとだけど食べられたの。
それだけでも「よしっ!」って感じだったんだけど、夜になってね、ちょっとお腹の調子が悪くなっちゃって、下痢しちゃったの。体も汚れちゃって、お風呂に入ることになったんだけど、もうへとへとで、濡れた体を自分でブルブルもできなくて、ただ横になって、家族に身体をふいてもらってたの。
だけどそれがね、不思議とすっごく心地よくて、「生きてるなぁ、私」ってしみじみ思ったんだ。
最後はチュールでお薬を飲んで、ふわふわ気分で眠りについたんだよ。
なんてことない日って思うかもしれないけど、私にとってはちゃんと生きたって感じられた、そんな一日だったのよ。今日はそのお話を、少しだけ聞いてもらえるとうれしいな。
朝のお通じ、それは今日も生きてるサイン

昨日はね、ちょっとだけ早起きしたの。って言っても、朝日が顔を出す前とかじゃなくて、家族がまだ寝てるくらいの時間。なんだか、お腹がきゅるきゅるって鳴ってて、「あ、これ、出るやつだな」ってすぐわかったの。
体を起こすのはちょっとしんどかったけど、お通じの合図ってやつは、なぜかちゃんと伝わるのよね。だから、トコトコって自分で立ち上がって、お気に入りのトイレスポットまで歩いていったの。
出たときはね、ちょっとやわらかめだったけど、それでも「出た!」って実感がちゃんとあって、体の中のモヤモヤがすーっと抜けていくような感じがしたの。
それってね、私にとってはすごく大事なことなのよ。
お通じがあるって、ただお通じがあったってことだけじゃなくて、私たちシニア犬にとっては、今日も体がちゃんと働いてるよっていうサインみたいなものなの。
腸が動いてる。お腹が感じてる。脳が命令を出して、体が応えてる。その一連の流れがちゃんとあるって、すごくすごくありがたいことなんだよ。
昔みたいに元気に走り回ることはできなくなったけど、こうして出すっていう、当たり前のことができるだけで、私、生きてるなって思えるの。
パパもね、あとから見て「あ、出てるね」ってうれしそうにしてくれてた。なんならお姉ちゃんまで「リア、えらいね〜」って褒めてくれたし。
お通じひとつで家族がこんなに喜ぶなんて、ちょっと笑っちゃうけど、でもそれって幸せなことだなって思うの。
あなたのお友達も、もしかしたら「今日は出なかったな」って日があるかもしれないよね。そういう日はきっと、ちょっと体ががんばってる日なのかも。でも、少しでも出た日には、たっぷり褒めてあげてほしいな。
昨日の私は、そうやって「今日も一歩前に進んだ」って感じられた朝だったの。ただの下痢じゃなくて、生きてる証拠を残した時間だったのよ。
1日ねむねむ、午後はずっと寝てたよ

朝のお通じが終わったあとは、なんだかほっとして、そのまま毛布のところに戻って、くるんって丸くなって、気づいたらまた眠ってたの。
たぶん、朝にちょっとだけ動いたぶん、体がもう「休ませて」って言ってたんだと思う。お通じって体力使うのよね。シニアになると、特にね。
それに、昨日はちょっと寒かったでしょ?今年一番の喚起って言われてるらしいんだけどベランダから今年初めての雪を見ることもできたんだ。私、寒いとすぐエネルギー使っちゃうから、毛布の中でぬくぬくしながら、家の中の音とか、遠くのにおいを感じながら、ずーっとまどろんでたの。
目は閉じてたけど、眠ってるっていうより、心だけ起きてるって感じ。パパがキッチンに立ってる音とか、ママのスリッパの音とか、そういうのがちゃんと耳に届いてて、それだけで、あ、みんながいるって安心できるの。
シニア犬になってくるとね、眠ってる時間が長くなってくるから、何もしてない、って思われがちだけど、私たちの中では、けっこう忙しく生きてるのよ。
体の修復をしたり、がんばりすぎた昨日をリセットしたり、お薬と体が仲良くできるように調整してたり、何もしてないように見えて、実は裏でいろんなことを頑張ってるんだからね。
それにね、私、最近気づいたの。寝てる時間って、生きる準備の時間なんだなって。
昨日の私はまさにその状態で、一日中ぬくぬくした中で、呼吸を整えて、心を落ち着けて、また次の動きに向けて、自分の体と相談してた、みたいな感じなの。
あなたのお友達も、そういう日ってあるんじゃないかな。いつもより静かで、よく寝てて、ちょっと心配だなって思う日。でも、大丈夫。それはきっと、生きるために休んでる日なんだと思うよ。
昨日の私は、お昼の間にいっぱい眠って、心の中でよし、夜はちょっとがんばってみようかなって、こっそり決めてたんだ。
その続き、お話しするね。
夕方に食べる気持ちが戻った瞬間

夕方になって、なんとなくお腹のあたりが、ぐぅ〜って動いた気がしたの。でもね、そのときの私はお腹が空いたってほどの元気はなかったのよ。ただ、ふとした瞬間に、キッチンの方からいいにおいがしてきて、それが、私の中の食べるスイッチを押してくれたみたいだったの。
食べてみようかなって気持ちが、ほんとに自然に、ゆっくりと湧いてきたの。それってね、最近の私にとっては、すごく大きなことなのよ。
お腹がすいたって思えること。食べたいって思えること。そして、実際にご飯のところまでトコトコ歩いていって、口をあけて、一口目を食べられること。その全部が、体のどこかがちゃんと元気じゃないとできないことだからね。
シニアになるとね、食べるってほんとにがんばることになるの。若い頃みたいに、わーい!ってガツガツいける日ばっかりじゃないのよ。気持ちは食べたいけど、体がついてこないこともあるし、口に入れても飲み込むのがしんどい日だってある。
でも昨日の私は、少しずつ、ゆっくり、でも確かに、ご飯を食べることができたの。
パパがね、私が一口目をぺろって食べたの見て、おおってうれしそうな声を出してたの。ママも食べてくれてよかった〜って、ちょっと安心した顔してた。その顔見たとき、ああ、私、またみんなを笑顔にできたなって思ったの。食べるって、私たちにとっては、体の栄養だけじゃなくて、家族の心も満たすものなんだよね。
あなたのお友達にも、きっとあるよね。「今日は食べなかったけど、明日は食べてくれるかも」って、毎日のご飯に一喜一憂してる日々がね。
でも、昨日の私みたいに、ふとしたにおいで心が動いたり、ちょっとだけ食べてみようかなってなることがあるから、そういうきっかけを焦らず待ってあげてほしいな。昨日は、私にとってその食べる気持ちが戻った日だったの。それだけで、すごく大きな一歩だったと思うのよ。
お風呂で下痢で汚れた体を洗ってもらった話

夜になって、ちょっとお腹の様子が変だなって思ってたら、やっぱり、下痢になっちゃったの。
出た瞬間、自分でもあっって気づいたんだけどね、なんとなく、体もぬるっとしてて、においもして、あー、汚れちゃったなって思ったけど、自分でどうにかする元気もなくて、そのままゴロンと横になっちゃってたの。
そこにパパがやってきて、そっと私の体をチェックして、「あー、お風呂入ろうか」って言ったの。
正直ね、お風呂って元気なときでもちょっと面倒なイベントだったりするのよ。でも昨日の私はもう、なされるがままって感じで、ただパパに抱っこされて、お風呂場まで運ばれていったの。
お湯の中に入ったとき、はぁ〜って、声には出なかったけど、体全体がゆるむような感覚があったんだ。汚れてたところも、優しくゆっくり洗ってもらって、シャワーの音とパパの手の動きが、なんだか心地よくて。
それにね、不思議だったの。体が濡れても、ブルブルってしなかったの。いつもならつい条件反射でやっちゃうのに、昨日はもう、そんな気力も残ってなくて、パパがタオルでそっと体をふいてくれてるあいだ、私はずっと横たわったままで、ただぼおってしていたんだ。
それがなんか、安心だったのよね。
お風呂って、ただ汚れを落とすだけの場所じゃないんだって、昨日思ったの。きれいにしてもらって、ぬくもりを感じて、今日もよくがんばったねって背中をなでられて、それだけで、「あぁ、私、今日もちゃんとここにいる」って思えたの。
あなたのお友達も、もしかしたら、下痢で汚れちゃう日があるかもしれない。そういうとき、洗うほうも大変だし、見るのもちょっとつらいかもしれないよね。でもね、私たちは、そんな時間さえも愛されてるって感じてるの。
昨日のお風呂は、体をきれいにするだけじゃなくて、私の心まできれいにしてくれる時間だったの。ちょっと恥ずかしかったけど、でも、すっごく気持ちよかったのよ。
チュールで薬を飲んで、ぐっすり眠った夜
お風呂から出たあとは、もう体がぽかぽかしてて、
タオルでふかれてる間も、なんだかうとうとしてたの。
でもね、まだ一つ、大事なおしごとが残ってたのよ。

私、心臓のこともあるし、いろんなお薬を飲んでるの。昔はちょっと苦手だったけど、最近はある秘密兵器のおかげで、だいぶ楽になったのよ。
それがね、チュールっていう魔法のごちそう!
とろ〜っとしたあのチュールに、お薬を混ぜてもらうと、ほんとにおいしくて、お薬のこと、忘れちゃいそうってくらい、ぺろりと食べられちゃうの。
昨日も、お風呂のあとの私に、ママがそっとチュールを差し出してくれて、それだけで、あ、これなら大丈夫って思ったんだ。チュールを口にした瞬間、疲れてた体がすーっと緩んで、今日もがんばったねって優しく言ってもらえたみたいな気がしたの。
お薬ってね、私たちにとっては元気になるための約束みたいなもの。ちょっと苦い日もあるし、飲むのがしんどい日もあるけど、チュールみたいなやさしい工夫があると、がんばって飲もうって気持ちになれるのよ。
そして、そのあと。
私は毛布にくるまれて、お気に入りのクッションに顔をうずめて、とろけるみたいにぐっすり眠ったの。
下痢もしちゃったし、お風呂にも入って、ごはんも食べて、お薬も飲んで、なんだかんだで、すごく生きた一日だった。
眠る前、ちょっとだけパパの足音が聞こえたの。それに安心して、私はおやすみなさいって心の中で言って、静かに目を閉じたのよ。その眠りは、ただの眠りじゃなくて、今日をやりきったっていうご褒美みたいな眠りだったんだ。
あなたのお友達にも、チュールでお薬をがんばってる子、いるよね。その一口が、どれだけ心の支えになるか、私よーく知ってるの。だからこそ、昨日の私は、薬を飲めたってことだけでも、自分をいっぱい褒めてあげたいなって思ったんだよ。
昨日の私はね、すごくたくさんのことをしたわけじゃないの。でも、ひとつひとつが全部、生きてるなぁって思える時間だったんだよ。朝はちょっとだけ起きて、お通じがあって、そのあとはお昼までぐーっすり眠って、夕方に少し元気が戻ってきたら、ごはんを食べて、夜には体をきれいにしてもらって、お薬もちゃんとチュールで飲めて、そして、安心して眠りについたの。
シニア犬の一日って、たぶん外から見るとすごく静かで、動きも少なくて、なにかしてる感ってあんまりないかもしれない。でもね、私たちにとっては、その全部がすごく大切な時間のかけらなの。
食べることも、眠ることも、ただ呼吸をしていることさえも、ぜんぶ今を生きてる証なんだって、私は思ってる。
あなたのお友達にも、きっとあるよね。「今日はよく寝てたなぁ」っていう日、「うんち出た!」って喜んだ日、「薬飲んでくれてホッとした」って胸をなでおろした日。そのひとつひとつが、すっごく尊いことなんだと思う。
昨日の私はね、動けなかった時間もたくさんあったけど、ちゃんと心で感じてたのよ。ごはんのにおいも、家族の声も、手のぬくもりも、そして、生きてることのありがたさも、じんわり感じてたんだよ。
きっと明日も、同じような一日が続くかもしれない。でも、それでもいいの。だって私は、今日をちゃんと生きたんだから。
リアより


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