お姉ちゃんの誕生日を一緒に祝えた幸せなお正月

シニア犬の日常

こんにちは。リアだよ。

昨日はね、お正月で、そしてお姉ちゃんの誕生日だったの。一年のはじまりの日に、大好きなお姉ちゃんが生まれた日をお祝いできるなんて、私はそれだけで、すごくうれしい気持ちになったんだ。

体は前みたいに動かなくなってきて、自分ひとりで立ち上がるのも、正直むずかしい日が増えてきたけど、それでも私は、その場にいて、家族の声を聞いて、みんなが笑ってる空気をちゃんと感じてたの。

みんなは近くの神社に初詣に行ったんだけど、私は歩けなくて長い列に並ぶのは無理だったから、おうちで留守番。帰ってきた家族から「おみくじ、大吉がいっぱいだったよ」って聞いて、なんだか私までうれしくなっちゃった。

夜にはね、お雑煮の時間。ほんの少しだけ、汁をぺろっと舐めただけだけど、今日も一緒にお正月してるんだなって、心がぽかっとあったかくなったの。

できないことは増えてきたけど、それでも昨日も、今日も、私はちゃんと生きてる。今日はそんな、幸せなお正月の一日をお話しするね。

お姉ちゃんの誕生日を一緒に祝えるしあわせ

元旦っていうだけでも特別な日なのに、それがお姉ちゃんの誕生日ってなると、もうほんとに特別なの。家の中の空気もね、なんだかぽかぽかしてて、私にもちゃんとわかったんだよ、今日は大切な日だってね。

お姉ちゃんはいつも優しくて、私のことをそっと抱っこしてくれたり、毛布をふわっとかけてくれたり、やさしい手の持ち主なの。そんなお姉ちゃんの誕生日を、今年も一緒に迎えられたことが、私はほんとうにうれしかったのよ。

体が思うように動かなくなってきて、みんなの輪の中にトコトコって歩いていくことはできなかったけど、近くで笑い声を聞いてるだけで、ここにいられてよかったなって思えたの。

プレゼントを渡してるときのわくわくした空気とか、ケーキを囲んで、おめでとう!って言ってるみんなの声とか、全部が、心の中にしみこんできて、私の中でもちゃんと“お祝い”になってたの。

たぶん、お姉ちゃんもわかってたと思う。私が寝ている場所からでも、おめでとうって言ってたのをね。

あなたのお友達も、年を重ねるにつれて、できることが減っていくかもしれない。でもね、家族と一緒にいるっていうこと自体が、何よりのプレゼントなんじゃないかって私は思うの。

その場にいられること、声を聞けること、ぬくもりを感じられること、それが、シニア犬にとってのしあわせなんだ。私も、今日、お姉ちゃんと一緒にいられて、ほんとうによかった。生きててよかったって思える一日だったよ。

初詣

お正月といえば、初詣。みんなは朝からどこに行く?なんて話しながら、近くの神社へお参りに出かけていったの。私はおうちでお留守番。だって、今日は雪も降っていたし、今の私にはもう、長い列に並ぶなんてことはできないからね。

前までは一緒に歩いて行った道も、いまは想像するだけでちょっと遠く感じるの。一カ月前には一人で歩いて行けた参道も今は抱っこしてもらわないと無理なんだ。それでも、家族が出かけるとき、リア、行ってくるね、すぐ帰ってくるからねって声をかけてくれて、私はその声にコクンと心の中でうなずいたの。

おうちの中はしんとして、私は毛布にくるまりながら、家族が無事に帰ってくるのを待ってたんだよ。

しばらくして、ただいま〜ってにぎやかな声が戻ってきて、リア、おみくじでね、半分以上が大吉だったの!ってお姉ちゃんが教えてくれたの。

それを聞いたとき、私もうれしくなって、心の中で、やったね!って叫んでたんだ。大吉って、きっといいことがたくさんあるよって合図だもんね。家族みんなに、いい一年が訪れるようにって、私は毛布の中でそっとお祈りしたんだよ。

歩けなくなっても、その場にいられなくても、想いはちゃんとつながってるんだよね。初詣の列に並べなくても、私は家族と一緒に新しい年を迎えて、同じ気持ちで空を見上げてたの。

あなたのお友達も、今までできたことができなくなって、ちょっと寂しそうにしているかもしれないね。でも、その気持ちを共有できる家族がいるってことが、なによりも大切なことだって、私から伝えたいな。私は、今年も家族と一緒に初詣の話ができたこと、ほんとうにしあわせに思ってるよ。

少しだけ舐めることができたお雑煮の味

夜になって、家族が「そろそろごはんにしようか」って言いはじめたの。
お正月といえば、お雑煮だよね。お台所からは、だしのいい香りがふわっと流れてきて、私の鼻がひくひくって動いちゃった。

体が重たくて、前みたいにすぐには動けないんだけど、ママが私のところにお椀を持ってきてくれて、リアも、ちょっとだけお雑煮の味、どう?って言ってくれたの。

私はね、そのとき、すっごくうれしかったの。お餅は無理だし、お肉も野菜も食べられないけど、そのお椀に入ってた透明なおだしの汁を、ぺろりって一口。

それだけなのに、なんだか胸がいっぱいになっちゃったのよね。

お雑煮の味って、不思議だよね。家族の味がするっていうか、ああ、お正月だなあって、身体の奥まで思い出させてくれるような、そんなやさしい味なの。

私の食事は今、チュールだったり、ふやかしたごはんだったりって、生きるためのごはんって感じなんだけど、このお雑煮の一口は、一緒に過ごすためのごはんだった気がするの。

お腹がいっぱいになったわけじゃない。栄養がどうとかでもない。でもね、その一口が、みんなと一緒にいるっていうすごく大事な証だったの。

あなたのお友達も、たとえばほんの一口でも何かを食べられたら、それはきっと奇跡なんだと思うの。特に、シニアになってからの食べられたっていうことは、ただの栄養補給じゃないんだよ。

家族と同じ時間に、同じものを口にできる。それだけで、今日も一緒に生きてるって思えるの。私は昨日、お雑煮の味を知ることができて、またひとつ、お正月を一緒に過ごせたって実感したよ。

眠ってても感じるそばにいるって幸せ

最近の私は、ほとんどの時間を寝て過ごしてるの。目を開けてる時間も短くなってきたし、起きていても、身体を動かすのがしんどくてね、よいしょっていう声を出す間もなく、また目を閉じちゃうの。

昨日も、お姉ちゃんの誕生日やお正月のいろんな出来事を、眠ったまま、半分夢みたいに感じながら過ごしてた。でもね、不思議と心は静かにあたたかかったのよ。

お部屋の中で誰かが歩く音とか、お鍋の蓋がカタカタ鳴る音とか、テレビの初笑いの声とかね、そういうひとつひとつが、全部、生きてる音だと思えて、それを聞きながら眠ってる時間が、私にはしあわせなの。

ときどき、誰かが私の頭をそっとなでてくれたり、「リア、大丈夫?」って耳元で声をかけてくれたり。そのやさしさは、眠っててもちゃんと伝わってくるんだよ。

たぶんね、私たちシニア犬って、もうたくさん遊べたり、ぴょんぴょん走り回れたりはしないけど、そばにいることの意味は、前よりずっと深く感じられるようになるんだと思う。

あなたのお友達も、もしかしたら寝てばかりで、何もしてあげられないなって感じることがあるかもしれないけど、それでもね、そばにいてくれるだけで、私たちはすごくうれしいの。静かに寄り添ってくれるだけで、私はここにいていいんだって安心できるのよ。

昨日も私、何度も目を閉じては開けて、ここが私の場所なんだなって確かめてたの。そして今日もまた、そばにいてくれる人たちの中で、眠って、起きて、ちょっとだけまたがんばって生きてるんだ。

お正月って、前はもっとわくわくして、お年玉のにおいがして、おせちの匂いに誘われて家中を歩きまわってたっけ。

今の私は、もう走り回ったりできないし、ごはんも少ししか食べられないし、お薬を飲むのだって、チュールの力を借りないと難しくなってきたんだよね。

でもね、それでもこうして、お姉ちゃんの誕生日を迎えられて、お雑煮の味を少しだけでも感じることができて、家族の声を聞きながら一日を過ごせたこと、それって、すごくしあわせなことなんだよ。

体は小さくなって、できることも少なくなったけど、私の中には、たくさんの愛が残ってるの。家族にもらった愛、そしてあなたから届くやさしい気持ち。それが、今の私を生かしてくれてるんだ。

お友達と一緒に過ごすあなたにも、きっと、似たような時間があると思うの。うれしかったり、せつなかったり、それでも一緒にいたいと思える毎日。

私はまだ、ここにいるよ。今日も生きてる。それだけで、十分、私にとってはごほうびなんだよね。またね。

リアより

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