メリーちゃんのおかげでご飯を食べることができたよ

シニア犬の日常

こんにちは。リアだよ。

ねえ、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけどね、いいかな?昨日ね、うちにメリーちゃんが遊びに来てくれたんだよ。

メリーちゃんって、大きいお姉ちゃんが飼っている猫さんなんだけど、なんていうか、ちょっとツンとしてるけど、本当はすっごく優しいコなの。私が具合悪くて寝てるときも、そーっと近くに来て、何も言わずに寄り添ってくれるのよね。なんか、わかってくれてる感じがするんだ。

ここ最近はね、ごはんもあんまり食べられなくて、パパもママもすごく心配してたの。ごはん出されても「うーん、いらないかも」ってなっちゃってさ。でも昨日はね、メリーちゃんが来てくれたことで、ちょっと気持ちが変わったのよ。

鳥のお肉をママが用意してくれたとき、メリーちゃんが「それ、ちょっといいかも」って顔して近づいてきたの。そしたら、なんか負けたくないって気持ちがムクムクって出てきてね、私、がんばって口を開けて、ぱくって食べちゃった!

自分でもびっくりした。だって、あんなに食べる気がなかったのに、気づいたら「これ、私の!」って思ってたんだもん。

そのあとメリーちゃんは、満足そうに「じゃあね」って帰っていったんだけど、私はなんだかぽかぽかして、しばらくしたら、ぐっすりお昼寝できたの。

今日はそんな、ちょっとだけ元気になれた私の一日について、お話ししてみようと思うの。よかったら、聞いてくれる?

病気と闘う日々の中で見えてきたこと

ほんの少し前まで、私は毎日ふんふんってお気に入りのクッションの上で丸くなってたの。でもね、11月の終わり頃から、なんだかお腹の調子が変で、ずっと下痢が止まらなくなっちゃったのよ。

最初は「ちょっと冷えたかな」って思ってたけど、ぜんぜん良くならなくて、パパとママが心配して病院に連れて行ってくれたの。あの時の私は、いつもの元気もなくて、おなかもぐるぐるしてて、診察台の上でもじっとしてた。先生がレントゲンとかエコーとかいっぱい検査してくれて、そしたらいろんなことがわかったの。

膵臓に炎症があって、脾臓もちょっと腫れてて、リンパ節もぷくっとしてたの。それに、血液の検査では腎臓の働きもかなり落ちてるって。心臓のお薬、ずっと飲んでたからその影響もあるみたいって言われた。

先生はやさしく教えてくれたけど、言葉の途中でちょっと間があってね、「もしかしたら、リンパ腫の可能性があるかもしれません」って言われたんだ。

パパとママは黙ってたけど、私にはわかるのよ。その時の空気、すっごく重たかった。「あと1週間くらいかもしれないです」って言葉が静かに落ちたとき、私はね、不思議と怖くはなかった。

だって、パパの手が私の背中をしっかりなでてくれてたし、ママの目が「だいじょうぶだよ」って言ってくれてたから。

抗がん剤の治療も選べたけど、年齢のこと、体力のこと、いろんなことを考えて、家で過ごすことにしたの。入院はしないで、いつものふわふわのお布団で眠るほうを選んだ。

酸素室にも入らない。私は、パパとママと一緒にいられるおうちが一番安心できるから。

でもね、そこからの日々は、すごくゆっくりで、すこし寂しくて、ごはんの時間になっても、全然お腹が空かないの。大好きだった鳥のお肉の匂いにも、うんってなっちゃって。

パパやママは、いろんなごはんを試してくれたよ。お粥にしたり、ウェットフードにしたり、スプーンで口元に持ってきてくれたり、ってね。でもね、それでも私は、「ごめんね」って顔しながら、顔をそらしちゃうことが多かったの。

そんな私を見て、パパがぽつんと「リア、ちょっと痩せたなぁ」って言ったとき、なんか胸がぎゅーってなった。私、ちゃんと元気な姿を見せたいのに、体が思うように動いてくれないの。

だけどね、そんな中でも、お外の空気は少しだけ元気をくれるのよ。お庭に出て、草の匂いをかいだり、風を感じたりする時間、それだけで、ほんのちょっとだけど、「あ、今日も生きてる」って思えるの。

シニア犬になって、病気を抱えて、食べることも眠ることも全部が「努力」になる日があるなんて、若い頃の私は知らなかった。でも今は、そんな毎日の中にも、小さな喜びや、大切な時間がぎゅっと詰まってるって、わかるようになったの。

だからね、私がごはんを食べられなかった日々も、ちゃんと意味があると思ってる。悲しいだけじゃないの。だってその分、食べられたときの喜びは、何倍にもなるから。これが、病気と一緒に生きてる私たちシニア犬の日常なんだって、私は思うのよ。

突然の訪問者、メリーちゃんとリアの不思議な絆

昨日のことなんだけどね、私のおうちにふいにメリーちゃんがやってきたの。メリーちゃんってね、大きいお姉ちゃんが飼い始めた猫ちゃんなんだ。ちょっと気分屋だけどすごく優しい猫の女の子でね、おひさまみたいに静かに寄り添ってくれる、不思議な力を持った子なの。

昨日ね、私の寝てた毛布の近くにちょこんと座ったのよ。そのときの私は、まだちょっとボーッとしてて、目を開けるのもなんだか面倒な感じだったのに、メリーちゃんがふわっと寄ってきた瞬間、なんだか空気が変わったの。あ、来てくれたって、体の中にすーっと何かが入ってくるような、そんな感覚。

別に何をするでもなくて、ただそこにいてくれるだけなんだけど、メリーちゃんってね、不思議と心が落ち着くのよ。鳴き声もないし、近づいてきてもぴとって体を押しつけてくるわけでもない。でも、そばにいるってわかるの。不思議だけど、それだけで元気が出るの。

昨日は特に、体も重たかったし、ごはんもほとんど食べられなくて、ちょっと、気持ちも沈んでたの。だから、メリーちゃんの訪問は、まさに救世主って感じだったのよ。私、思わず顔を上げて、「来てくれたんだね」って心の中でつぶやいちゃった。

ママが、ちょうどそのタイミングで鳥のお肉を用意してくれたんだ。私があまりにもごはんを食べないから、色々工夫してくれてたの。匂いだけでも感じられたらいいなって、あったかくしてくれてるんだよ。

でね、そこにパパが鳥肉を持ってきた途端、なんと、メリーちゃんがふいっと立ち上がって、くんくんって近づいてきたの!普段は私のものには手を出さないメリーちゃんが、ちょっと前のめりになって鼻をぴくぴくさせてたのよ。

それ見た瞬間、なんていうのかな、私、すっごくムクムクって気持ちが動いたの。「それ、私のごはんなんだけど?」って、思っちゃって。

今までは、においがしても、どこか他人事みたいだったのに、昨日はちょっと違った。私、がんばって体を起こして、えいって口を近づけて、そのお肉をぱくって食べちゃった!

うん、びっくりよ。自分でも驚いたもん。「わ、私、今食べた!」って。パパもママも「リアが食べた!」って、すごくうれしそうな顔してた。

でもそれって、たぶん私だけの力じゃないの。メリーちゃんがいたから、私は「ちょっと頑張ってみようかな」って気持ちになれたんだと思うの。犬と猫って、性格も行動も違うし、会話だってできないけど、心って、不思議と通じ合うことがあるのよね。

メリーちゃんとの絆は、そういう言葉のいらない関係。ただそばにいるだけで、なにかが伝わってくるんだ。もしかしたら、あなたのお友達にも、そういう存在がいるかもしれないよね。いざって時に支えてくれる子で、言葉はいらないけど、いてくれるだけで心が動く、そんな存在。

メリーちゃんは、まさにそんな大切な友達なの。昨日の私は、それを思い出させてもらった一日だったのよ。

食べる力が戻った瞬間

正直ね、食べることって、私にとってずっと当たり前のことだったの。朝起きて、お皿の音が聞こえたらぴょんって立ち上がって、ごはんが目の前に置かれたら、「いただきまーす!」って勢いよく食べてた。若い頃は特に、おやつの気配がするだけで全力ダッシュしてたしね。

でも、あの大きな病院での診断を受けてからの日々は、そんな元気な私とはちょっと違ってて。お腹の中がなんか重たくて、ごはんのにおいがしても心が動かなくて、口を開けるのすら、めんどくさいって思っちゃうような、そんな自分がいたの。

それって、ものすごくつらいのよ。食べたくないのと食べられないというのは、まったく違うの。食べたい気持ちは、心の奥にちゃんとあるのに、体がもう無理だよってストップかけちゃう感じなんだ。

それに、毎回パパやママの顔を見るたびに、「ごめんね」って思っちゃって。二人はずっと私のために頑張ってくれてるのに、私が何もできなくて、それが苦しくて、自分がちょっと遠くへ行っちゃいそうな気さえしてたの。

でもね、昨日のこと、あの一瞬の出来事が、全部を少しだけ変えてくれたの。メリーちゃんが、私のごはんに興味を持ったその瞬間、私の中で何かがカチッて音を立てたのよ。「だめだよ、それ、私のごはんなんだから」って。自分でもびっくりするくらい、はっきりとそう思った。

体を起こして、ちょっとふらついたけど、それでもお皿の方へ近づいて、
ママが手に持っていた鳥のお肉を、見上げて、ぱく。

食べたの。ほんとに、久しぶりに、自分の意志でできたんだよ。口に入れた瞬間、「あっ」って思ったの。「やっぱり、好きだな、この味」って感じたんだ。

その時、ママの表情がとっても明るくなってね、「リア、よかったぁ」って、私の頭をやさしくなでてくれたんだ。でも、それよりも何よりも、私自身が一番びっくりしてたの。「まだ食べられるんだ」「私、まだいける」って思えたのよ。それって、ただの栄養とかじゃなくて、生きる力が戻ってきた瞬間だったの。

食べるって、命の証だって言うけど、本当にそうなのね。食べられたことで、心までふわって軽くなったの。一口が二口になって、それが私の中で確かな喜びになったの。

たぶんね、あなたのお友達も、そういう瞬間があるかもしれない。ずっと食べられなかった子が、急にひと口食べたとき、それって、ただ、食べたってことじゃないの。もうちょっと、ここにいたいなっていう心のサインなのよ。私も、昨日その気持ちを思い出せた。「もうちょっと、ここにいたいな」ってね。

もちろん、まだ体は重たいし、たくさんは食べられない。でも、食べようって思える気持ちがあるって、すごいことだと思うの。その気持ちが芽生えたのは、きっと、メリーちゃんがくれた優しい刺激と、パパとママがずっとそばで見守ってくれていた時間のおかげ。

食べる力が戻った瞬間、それは、心が生きるって決めた瞬間だったの。私にとっては、忘れられない一日になったのよ。

心と体、どちらも大事にするシニア犬との暮らし

昨日ね、ごはんを食べたあと、私はちょっとだけベランダに出て、冬の匂いをふんわり感じてたの。風が少し冷たかったけど、その空気がなんだかすごくやさしくて、「あ、今日もここにいられるな」って思えたの。

そのあと、メリーちゃんは「じゃあね」って感じで、いつものように静かに帰っていったの。特別なことは言わないけど、ちゃんと私の気持ちが伝わったみたいな目をしてた。

メリーちゃんが帰ってから、私はまたふわふわの毛布の上に戻って、ぐるんって丸まって、ひとりで眠ったの。それはね、ただ眠っているのじゃなくて満たされた心での眠りっていうのかな。ごはんを食べられた嬉しさ、誰かがそばにいてくれた安心感、そういうのが全部混ざった、あったかい時間だったの。

最近は、体が前みたいに自由には動かなくて、息がちょっと苦しいときもあるし、おなかの調子だってまだ完璧じゃないし、目も前より見えにくくなってきたんだ。

だけどね、そういう毎日の中で、私がいちばん感じてるのは、「心って、ほんとに大事だな」ってこと。

体が思うように動かなくても、心が動けば、少しずつ前に進めるんだよ。それは、私がメリーちゃんと過ごした時間であらためて感じたことだったの。

だから、あなたにも伝えたいの。あなたのお友達がもし、シニア期に入って、体が弱ってきたとしても、その子の心はまだちゃんとあなたのそばにいるんだってこと。

おいしい匂いを感じて、ふと顔を上げてくれたときや、誰かがそばにいて、目を細めて安心した表情を見せたとき、ってそれってね、その子が生きてるってことの、いちばん大切な証なの。

心が元気だと、体もちょっとずつついてきてくれる。逆に、心がしぼんじゃうと、体もどんどんつらくなっちゃう。だからね、シニア犬との暮らしって、治すことよりも、寄り添うことが大事なんだなって、私は思うの。

無理に元気を引き出そうとしなくていい。一緒に日向ぼっこして、おなじ空気を吸って、「今日もここにいるね」って、それだけでいい日もあるの。

あなたとあなたのお友達が、一緒に過ごせる時間のなかで、ちょっとしたことでも心が動く瞬間を、大事にしてほしいなって思う。

たとえば、お気に入りのおもちゃに目を向けたとき。お水の音に耳をぴくって動かしたとき。ほんの少し尻尾をぱたんってさせたとき。その全部が、心が生きてるっていうサインなのよ。

私もまだ、体はしんどいけど、心はちゃんとここにいる。だから今日も、「私、ここにいるよ」って伝えたくて、ごはんを食べて、眠って、また目を覚ましたの。あなたのお友達も、そんな風にあなたのそばで、心を動かしながら毎日を生きてるんじゃないかな。

だから、焦らなくていいよ。
無理しなくていいよ。
今この時間を、一緒にあたためていこうね。

リアより

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