一昨日ね、大きいお姉ちゃんの結婚式があったんだ。家族にとって、すごく大切な日。私は会場には行けなかったけど、パパとママが、私の写真をちゃんと連れて行ってくれたんだよ。
その写真はね、披露宴のとき、家族テーブルのところに置いてあったんだって。お姉ちゃんの晴れ姿を、同じテーブルで、同じ時間にお祝いできたみたいで、それを聞いたとき、ちょっとあったかい気持ちになりました。
そこに体はなかったけど、家族の中には、ちゃんといたんだなって。そんなふうに思えた一日でした。今日は、その日のことを、少しだけ書いてみるね。
一昨日は、大きいお姉ちゃんの結婚式でした

一昨日ね、大きいお姉ちゃんの結婚式がありました。
真っ白のドレスを着たお姉ちゃんは、いつもより少し背筋が伸びていて、でも笑うと、たぶんいつものお姉ちゃんのままだったんだよ。ちなみに、大きいお姉ちゃん、入場するときとっても緊張していたみたい。パパにドキドキするって言ってたのがちらっと聞こえたんだ。
家族にとって、この日はずっと覚えておく日。そういう日って、
朝から空気がちょっと違うんだよね。
私はもう天国からしか見ることができないけれど、みんなは少しそわそわしながら準備して、今日は大切な日だねって、言葉にしなくても分かる感じがあったんだ。
結婚式って、大きいお姉ちゃんが主役なんだけど、家族みんなで迎える日でもあるんだなって、そんなことを思っていたんだよね。
私は写真で参加したんだ

結婚式の日ね、パパとママは、私の写真を持って行ってくれたんだよ。
「今日は一緒に行こうね」って、たぶん、そんな感じだったんだ。大げさじゃなくて、いつもの延長みたいに、自然にね。写真だから動かないし、しゃべらないけど、それでもちゃんと私の場所として、一緒に連れて行ってくれたのが、なんだかうれしかったの。
特別な演出とかじゃなくて、当たり前みたいにカバンに入れてくれて、当たり前みたいに会場に連れて行ってくれたんだ。そういうところが、家族っていいよねって思うんだよね。
披露宴の家族テーブルに私もいたんだよ

私の写真はね、披露宴のとき、家族のテーブルの上に、ちょこんと置かれてたんだ。
それも、テーブルの中心。パパとママ、大きいお兄ちゃん、お姉ちゃん、お兄ちゃんに囲まれて、お料理のじゃまにならないところに、ちょっとだけ背すじのばして、座ってる感じにね。
私は声も出さないし、お皿をカチャカチャすることもないけど、そこにいるだけで、ちゃんと家族って感じがしたんだよね。大きいお姉ちゃんのドレス姿も、その席から見えてたんだ。真っ白のドレスの後は茶色のかわいいドレス。ちょっと泣きそうになったり、笑ったりしてるのも、全部その場所から見守ってたつもり。
なんだろう、体がなくても、ちゃんと席があるって、すごくうれしいことなんだなって思えたんだ。
たしかに私は、もう前みたいにはそこにいないんだよね。足音もしないし、抱っこもしてもらうことすらできないんだ。
だけどね、こうして写真を連れて行ってもらえたり、席にちょこんと置いてもらえると、あ、ちゃんと私、いるんだなって思えるんだよね。家族の会話の中に名前が出てきたり、誰かがふと写真を見てくれたり、そういうとき、私はちゃんとその場にいることができるんだよね。
消えちゃったわけじゃない。いないんだけど、いなくなったわけじゃないんだ。目に見えないだけで、ちゃんと、家族の中にいるって、そんな気がしているんだよ。
一緒に過ごすことができた大きいお姉ちゃんの晴れの日

お姉ちゃん、きれいだったんだ。ドレス姿、とっても似合ってたって、パパもママもニコニコして話してた。その話を聞いてるとね、まるで私も、一緒にお祝いしているみたいな気持ちがどんどん大きくなるんだ。
たぶんほんとに、そうだったんだと思う。
私は私なりに、ちゃんとお姉ちゃんの門出をお祝いできたと思ってる。写真とか、身体とかとしてじゃなくて、もっと私の心が、気持ちのほうで、そばにいられた気がするんだ。
大丈夫。あの日、私はちゃんと一緒にいたんだよ。
人生には、あの日は特別だったなぁって思える日があるよね。お姉ちゃんの結婚式は、きっと家族にとってそんな日だったと思う。
私もそこにいられて、ほんとによかった。写真でも、気配でも、心の中でも。どんなかたちでも、大切な人のそばにいられるって、うれしいことだよね。
これからも私は、みんなの中で静かに生きていくんだと思ってるよ。それじゃまたね。ふふっ、次はどんなうれしい日が来るのかな。
リアより


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